日本アニメーション学会 第14回大会 in 北海道「地方発のアニメーション表現・産業は可能か?」に参加。地方でのアニメ制作の可能性を探る。
先日6月30日に東海大学札幌キャンパスにて開催された日本アニメーション学会 第14回大会in北海道に参加してきました。
『地方発のアニメーション表現・産業は可能か?』をテーマにパネリストを招いて討論するというのがこの大会の趣旨。
『デジタル環境の発展に伴い東京中心であったアニメーション製作のあり方がゆっくりと変化しつつあるが、製作拠点が中央から地方へ分散していくことは
「個人」や「地域」の独自性の発揮、ひいては多様で豊かな表現の展開に結びついていくのか?その可能性とハードルについて検証していく』という内容でした。
この大会のシンポジウム出演者は以下の通り。
司会:いがらしなおみ 氏。
北海道深川市出身。漫画家、アニメ作家、イラストレーター。
パネリスト
・野中卓也 氏
東京都出身。ufotable設立メンバー。監督作品として「劇場版 空の境界 殺人考察(前)」他、
演出としてTVシリーズ「Fate/Zero」に携わる。
・水由章 氏
札幌市出身。㈱ミストラルジャパン代表。代表作に「瞬息」、「水光色」「IN FOG」など。
早稲田大学川口芸術学校非常勤講師。金沢美術工芸大学非常勤講師。
・松倉大樹 氏
北海道旭川市出身。Viewworks倒産後、StudioBACU(旭川)を設立し再出発。
主な参加作品に「魔法遣いに大切なこと」、「ノエイン」、「マクロスF」、「創聖のアクエリオン」など。
BACUでは3Dモーション制作を強みとしている。
・河原大 氏
札幌市出身。合資会社ピコグラフにてアニメーションの企画・脚本・作画・撮影・編集など、
主に作品のディレクションを行っている。
以下、要点をまとめてざっくり書きます。
■基調講演−野中卓也氏
最初の基調講演では「地方発信の商業アニメーション制作・事業の事例報告」と題して
ufotable所属の野中氏が東京と徳島にスタジオを構えるufotableのアニメ制作の現場と
それを取り巻く環境について発表した。
○ufotableの制作体制
まず、地方に拠点を置いた理由は作業環境を良くしたいというのが一番にあったらしい。徳島を選んだのは社長の地元だからだとか。
現在22名が作画(うち10名原画、12名動画)、1名演出という体制で、色を付けるのは東京でやっていて完全に仕事を分けている。
徳島の職場では一般の企業とは違ってテレビや音楽を禁止し、出退勤はタイムカードで厳格に管理しており、それ以外は普通かなと言っていましたけど
たぶんこれは一般企業というよりかは他の同業者とは違ってという意味だと思いますw
制作の流れについてはFate/Zeroを具体例に発表。東京と徳島で制作しており、東京で発注したものを徳島が受注して制作するという形で進められている。
通常の会議はテレビ電話を使い、細かい打ち合わせについてのみ東京に集まって行っている。
○地方で制作することについてのデメリット
地方と東京で分けたことについてメリットだけでなく、デメリットもあるという。その一つが原画輸送時のリスク。
徳島で制作した原画を東京へ宅配にて送ったが、業者が紛失してしまい東京に届かないという事件が起こったそうで、
後日運よく別な地域に送られていることが判明して東京に送り届けられたが、アニメの納期に致命的な影響を与えることから
これは非常に大きなリスクであると言えるだろう。
このリスクの対策としてはスキャンしてネットで送るという方向へとそのうち変えていきたいとのことだ。
○地方に与える影響・関わり合い
ufotableは地元の工業にいい影響をと地元企業に発注を増やしたり、徳島出身者を採用人数の半分近く採用している(6名程度)。
人材育成についても取り組んでいて「デジタルクリエイター育成塾」を開講。今年で3年目になるそうだ。
地元の学生などにアニメーションを作る楽しさを伝えるという趣旨で行われ毎年好評でリピーターもいるという。
他にもファンとの交流を図るためにufotable Cafeやufotable CINEMAを設置し作品にちなんだメニューを販売したり
自主製作映画を発表する場や交流スペースを提供している。
地元からの徳島を盛り上げてほしいという要望から阿波踊りのポスターを空の境界のキャラを使って制作したり
屋外型ファンイベント・マチ☆アソビを年2回開催し全国から5万人が集まっている。
(※ちなみにマチ☆アソビは赤字にしてるらしいです。)
○地方に根差すためには
「京都アニメーションが一番の見本。
そしてその京都アニメーションでもここまで来るのに30年かかった。
地方ではいきなりやってもだめでコツコツ地道にやっていくべきだ。」
■基調講演−水由章氏
緑子/MIDORI-KO(黒坂圭太監督が15年前から13年かけて1人で3万枚を描き上げて完成させた短編映画)を題材として
アート系アニメーション作家が活動していくためにはどうするかを述べた。
■シンポジウム
○地方でアニメーション制作を行うのは可能なのか?
−松倉氏:BACUは旭川を拠点に制作している。旭川という環境は良い。が、他企業の誘致は進まず現状難しいのではないか。
−河原氏:道内在住の個人または少人数でアニメを製作している先は次のようなところがある。
・宇木敦也「センコロール」 ・ARPLANTS「ポンたと遠足」 ・ピコグラフ「テイルエンダーズ」
・STUDIO ROCCA「ホッカイラジャーズ」(ぽぽぽぽーんで有名になったのACのCMも製作)
・スタジオ ポンコタン(40人規模のグループ、プリキュアスタッフ)
・キウイフィルム「KUROMANE」 ・倉重哲二「兎が怕イ」
・いがらしなおみ ・横須賀令子(墨絵アニメの第一人者)
・佐竹真紀「インターバル」 ・kocka 金子友里香「生る日の潮汐」
・ワタナベサオリ「Knoflik(クノフリーク)−小さい大きな贈りもの−」
・伊藤早耶「へいたいがっこう」(スタジオポンコタン所属)
○地方でやるメリットは?
−野中氏:徳島は田舎なので仕事しかやることがないというところかな。
−いがらし氏:北海道も冬は雪で埋もれているので仕事ばかりする環境にあるかもしれない。でもネットゲームというものが(笑)
−松倉氏:旭川で得することは、実はない。自分も他メンバーも旭川が地元だからいるだけ。
−河原氏:札幌では、札幌国際短編映画祭があり、個人系の作品を発表する機会がある。また、北海道ブランドというものがあり、
諸外国に商談するときに自社についての説明しなくてもわかってもらえる。(中国などアジア諸国に対して)
○地方でやるデメリットは?
−河原氏:同じことをしている人がいないので、優秀な人と揉まれることがない。
雪が降ると飛行機が飛ばず予定が狂ったり原画の郵送なども時間がかかる。
○地方の住宅事情に関して
−野中氏:徳島では、寮費4万円の半分を会社が負担している。
−松倉氏:個人によって違うが最安値は1万8000円と安価。
○アニメではないがクリプトンの初音ミクは一つの成功例ではないか
−河原氏:逆に聞きたい。札幌だからこそ版権フリーのものを作れたという話を聞いたが本当にそうなのか?
市電とのコラボもしていて凄い。
(※実際に、クリプトンの伊藤社長は札幌であるからこそ出来たと発言している。)
○給料に関して
−野中氏:新人だと月2,3万円しか稼げないのが現状。
動画一枚200円で作っている。新人だと月200枚くらいしか作れないから月4万円の収入にしかならない。
原画だと食っていけないかもしれない。
地域によってギャラを変えられないのか?末端の人が食べていけないという
質問についてはやはり作品(BD、DVD)が売れないことには・・・
給与体系についてだが、以前ufotableでは新人固定給10万円にしたことがあったが
そうすると作画がガタガタになってしまった。だから現在は単価計算方式に戻している。
−松倉氏:BACUは給料制でやっているが変動給料制にしている。
年1回各人の出来を審査して給料が上がる人下がる人を決めている。また、全体の給料支給額は一定にしている。
マクロスFでは400円/秒で制作、1カット1600円。エフェクトの多い見せ場は2秒作るのに3日かかるけど
それでも単価は一律となっているためやりたい人は少なくなる。冒頭のBGMだけの簡単なところと単価同じですから。
○地方での経営状況について
−松倉氏:View Worksに所属していたときにアニメ受注を始めたが当初単価感覚が鈍く経営難になっていた。
その後アニメをやる上で利益を上げるには元請けをするしかないという結論に至り、
魔法遣いに大切なこと(2003)という作品を元請けした。しかしながら制作技術がなかったので
J.C.STAFFに制作をそのまま依頼し、CG等を自分たちで制作することにした。
だがJCは自分たちでコントロール出来るような規模ではなくJCに必要な予算を食われていった。
それを取り戻すために東京にも事務所を置いて他の元請けを探すなど自転車操業的なことをするようになった。
○地方での目指すべきスタイル
−いがらし氏:東京で問題ある体制を真似るのではなく地方独自のスタイルでやればいいのでは?
−水由氏:地方テレビ局制作のアニメを作れないのか?水曜どうでしょうみたいな形で売り出していけないのか?
例えば、ぽぽぽぽーんのように地方ネタを駆使して発信していけばどうだろう。
秘密のケンミンSHOWのアニメ版みたいな。−河原氏:ホッカイラジャーズなんか良い作品だったけど道内だけでなく全国に展開できないのだろうか。
(時間の都合上ここでシンポジウム終了)
■参加者による質疑応答
1.オリジナルを地方で発信するとして、自前で全て企画を出し続けていくことができるのか?
−野中氏:企画をやる時間は作れない。
−河原氏:センコロールみたいに私たちも企画・制作をやっている。
過去に1年半ずっと企画それだけをやってきたことがあるが次の企画を考える余裕もなく
その企画が終わると1年半くらい間が空いてしまったことがあった。
また、ディレクションが出来たとしても作品を売るためのプロデュース能力が足りないことが判明。
プロデューサーの必要性を痛感した。
−水由氏:そういった人材育成は重要。作品を作れたとしてもどう作品を売り出すか。
どこかの販売業者と組むなどしないとDVDが全く売れないという問題がある。
ネット配信をし低価格で視聴してもらうという取り組みをしているところも少ないのも問題。
制作段階で海外と組んで予算を引っ張ってきて単価を上げるのも一つの良い手段ではないか。
−河原氏:キャンプファイヤーも一つの方法だと思う。(個人ユーザーから出資をしてもらい、一定の額が集まった時点で制作を開始する方法。)
−水由氏:北海道パッケージを作ってシアターで上映することができれば。何かしらパッケージのキャッチフレーズを作って売りだしてみては。
(※北海道発の短編作品を集めパッケージ商品を作りキャッチフレーズを付け市場へ売り出すということ。)
2.マチ☆アソビで期待していること・感想をお願いします。
−野中氏:期待していることは特にない。結果として賑わえばそれで良い。
質問とはちょっと違うかもしれないが、DVDが本当に売れない現状がある。
そして売るための方法としては究極的に言えば手売りじゃないかと思う。
そのような場になるかもしれない。
■最後に私から野中氏へ舞台探訪の観点から質問
野中氏への質問:背景には実際の地域をモデルとして使うことが多いが、特定の地域をモデルとすることに意味はあるのか?
また背景の舞台を選ぶにあたって何か基準としているものはあるのか?
回答:意味は特にない。Fate/Zeroでは原作者の意向に沿って舞台を選んだ。
−Fate/Zeroでは札幌コンサートホールKitaraや神戸、名古屋、世田谷など様々な舞台が登場したがこれも全てそうなのか?
回答:原作者のイメージと合うような場所を選んでいるんだよね。Kitaraについては私は行っていないからわからないなぁ。
札幌のKitaraのところにしても横須賀の風景を合わせて使ったりしてる。
神戸や世田谷には行ったよ。名古屋の明治村にも取材しに行ったね。明治村は特に何も調べずに行ったら到着したときにはもう閉まってた(笑)
あと許可取れるところばかりじゃなかったりするから(消去法でそこになったりもした)
−空の境界でもFate/Zeroと同じような感じで選んだのか?
回答:この作品も原作者のイメージに沿って選んだ。東京に蒲田ってところがあるんだけど原作者はその風景がイメージとしてあってね。
あとはスタジオの近所かな。やっぱ近いところが多くなるよね。近所の公園とか取材に行ったりもしたよ。
舞台探訪者的にはやはりどうしてその背景を描いたのか気になるところで、このような質問をしてみました。
Fate/Zeroや空の境界では原作者のオーダーによって選択されたということがその理由となったみたいですね。
直接製作に携わった方からこのような話を聞けるのは非常に貴重なものでした。
作品によって舞台を選ぶ理由や意図が違うとは思いますが、そこをじっくり考えてみるのも舞台探訪の楽しみのひとつでもあります。
ちなみに質問終了後、野中氏と一緒に記念写真を撮らせていただいちゃいました(笑)
貴重なお時間を私の興味本位な質問やお願いのために使っていただきどうもありがとうございました!
このシンポジウムの全体的な感想なんですが、問題提起をするに止まってしまっていて有効な解決策は出せないまでも
もう少し突っ込んだところまで話を持って来れれば良かったなとちょっと残念なところではありました。
地方で行うことについてのデメリットは誰もが認識しており課題として出てくるのですが、メリットについては全然出てこない。
地方で行うことで得られる価値とはなんなのか?ここを見出せない限り東京を中心とした体制に変化はないように思えます。
しかしながらそれが難しいからこのようなシンポジウムが開かれ討議されているんでしょうね。
このような議題についての研究が盛んに行われ、近い将来地方が主体となったアニメーション制作が実現する日は来るのでしょうか。
私もそのために何か出来ることがあれば力になりたいと思うのですが、消費者としてはBD・DVDの購入等により
制作側に正当な対価を払ってあげるということしかとりあえずはないようです。
取材日:2012年6月30日